時国家(本家上時国家)時国家は、祖を平時忠(平清盛義弟で大納言)とする800年続く旧家です。重要文化財の主家は、近世木造民家では最大級高さ18メートルの茅葺き大屋根が巨木の松の間に立っています。  建物の内部は、大納言格式の「縁金折上格天井(ふちきんおりあげごうてんじょう)」の御前の間、襖に連なる平家定紋「丸に揚羽蝶(まるにあげはちょう)」などが見どころです。鎌倉様式庭園も国指定名勝です。

雪でわかりずらいですが階段です。

「平家にあらずんば人にあらず」平時信の戸として生まれた平時忠のことば

時忠の姉の時子は平清盛の妻となり、妹の滋子は後白河天皇の后になります。そしてのちの高倉天皇を生みます。平時忠は平家一族の栄華の絶頂を極めた平清盛の義弟であり、後には天皇の伯父ともなって、権威を誇るのです。

しかし、壇ノ浦の戦いで平家が敗れると、清盛亡きあとは、平家一族の実質上の頭領となった時忠は、源義経に捉えられます。この時、時忠は三種の神器の神鏡と、自分の娘である蕨姫を奉じて助命を乞い、流罪となります。その流刑地が能登半島の現在の珠洲市大谷だったということです。

後を継いだ、時忠の嫡子の時国は、しばらくは平家の落人として身を潜めてはいたが、その後、町野の地へ移り館を構え、次第に勢力を拡充し土豪となり近隣の村々を統治するまでになった。しかし、平の性は名乗らずに、実名の時国を姓とした。

冬季休館でした^^;;

室町時代の文明15年に建てられたといわれています。

現存する上時国家の建物は、1831年から28年かけて建てられたもので国指定重要文化財に指定されている。

大納言格式の御前の間、襖に連なる平家定紋などが見どころである。みれなかったけど。

塩の蔵もあったそうだ。

鎌倉様式庭園も国指定の名勝。この逆側なのか

近世木造民家では最大級の藁ぶき大屋根

池がありました。いよいよ千枚田へ。